ベッドタウンとして発展を続ける高槻市は、山を造成し巨大な住宅地を造った。
道路1本隔てて、大規模な市営墓地も作った。
人口が増えれば、終の棲家も必要になると言うわけだ。
墓地造成前の丘陵地は、廃寺跡をたどり、天王山まで山道は続いている。
羽柴秀吉が本能寺の変を聞いて、明智光秀を打つべく、
備中高梁からいち早く引き返し、敵の目を避け、
高槻から山中を駆け抜けたと言われる太閤道だ。
展望に恵まれ、アップダウンの少ない道は、戦国の歴史を思い出しながら、のんびり歩るくのには丁度いい、
天下分け目の戦場になった、淀川流域の町並みを見ながら、下山を始めたら、
道を間違えた。
フェンスに囲まれた市営公園墓地のそばに出てしまった。
高槻に住んでいる友人が、ここは主人のジョギングコースだから、良く知っている。まかせと胸を叩いた。友人は方向音痴だ。その場でクルリと一回りすると
たちまち、右も左もわからなくなると言う重症な音痴だ。
大阪の霊園、特に北摂地区の丘陵地に点在する大規模霊園は、
展望に恵まれているところが多い。
初めのうちこそ、家名を読んだり、墓石のデザイン眺めたりして、にぎやかに歩いていたが、いくら歩いても、出口が見つからない。
彼女への不審と不満が溜まっていった。
ようやく駐車場にたどり着いた。、駐車場までなら、主人となんどもジョギングに来ているからと、弁明する友人を、みんなは苦笑まじりで眺めた。高槻市民の彼女は、いづれその墓地に入るつもりだと言う。迷わず成仏できるか、みんなの心配が増えた。
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